5月23日午後3時から1時間ほど、都内のホテルのラウンジで、某大学付属某中学校の生徒たち4人(全員男子)の取材を受けた。
総合的学習の授業の一環で、テーマは「女性宮家」。
彼らは自分たちで日時を指定してきたにも関わらず、どうした行き違いか、1時から私を待っていたらしい。
皆、やや緊張の面持ち。
彼らの前に水の入ったグラスが並んでいるが、口をつけた形跡はない。
「やぁやぁ、待ってくれてたみたいだね。高森です」と、なるべく彼らの緊張がほぐれるように、
フレンドリーに挨拶をして、ソファーに座る。
「私はコーヒーを飲むけど、君たちは何がいいのかな?」
すると、一斉に手を振って「いえいえ、僕たちは何もいりません」と遠慮がちに辞退する。
「いや、ここはお店だから、皆、何か頼まないといけないんだよ。コーヒーが苦手ならジュースとかもあるし」
とメニューを見せる。
こんな具合で、インタビューは始まった。
(やっぱり中学生は子供だな。可愛い)そんな印象をまず持った。
ところが、録音の許諾を求められ、質問が始まると、次第に雰囲気が変わってくる。
予め送られて来た第1問は、
「これから女性宮家が成立する可能性はどのくらいあるのか?」
というもの。
「女性宮家を創設するには、皇室典範の改正が欠かせない。
皇室典範の改正には国会の議決が必要だ。でも、
私は政治評論家ではないし、そっち方面の専門家でさえ、
政治の世界は『一寸先は闇』と言っているくらい予測が難しい。
だから、確かな答えは出来ないが」
と断った上で、
もし、このような展開ならこう、別の展開ならどうなると、
およそ3種類くらいのシナリオを紹介した。
質問はもっぱらO君が担当。
他の3人は懸命にメモを取っている。
第2問
「初の女帝である推古がその位についた経緯に関して問題はなかったのか?」
それまでは女帝はいなかったのだから、当時のルールに何か抵触するような形で即位したのか、どうか。
これは面白い質問だ。
「君たちは事前勉強で、今の皇室典範が天皇の地位につく資格を『男系の男子』に限定していることは知っていると思う。
だけど、そうした制約が法的な掟として決められたのは、明治以降のことなんだ。
だから、古代のことを考える時は、まずそうした先入観を外して考える必要があるね。そうすると…」
とひとわたり説明する。
すると、「推古が即位前から大きな権力を持っていて、その力で無理に即位したということはないんですか?」
と関連の追加質問が飛び出した。
「何しろ初めての女帝だから、そういう疑問も当然、出てくるよね。
でも推古天皇は、むしろ朝廷に結集した豪族たちに求められて即位した、という方が実態に近い。
それは当時の国際情勢と国内の様子を見ればよく分かる。
また、推古天皇以前に、女帝が現れる条件が次第に整っていた。
具体的に言うと…」と説明。
実はこの後、各質問ごとに追加質問がどんどん出てくる。
それが、なかなかシャープで、的を射ている。
何よりよく勉強していることが分かる。
(お主、なかなかやるな)という感じ。
彼らは皆、コーヒーが苦手らしく(まぁ中学生ってそうかも)全員、ジンジャーエールを頼んでいる。
何とも微笑ましい。
しかし、それには全く手をつけず、真剣に質問をし、ひたすらメモを取っている。
第3問
「女性宮家によって皇族が絶えるのを防ごうとしているが、何か他に考えられる手はないのか?」
これに対し、
「女性宮家の他に、旧宮家系の国民男子に皇族になって貰ったらどうかという意見が、一部に出ている」と言って、
旧宮家の説明から始めて、その方策にどんなハードルがあるかを、具体的に述べた。
側室の存在は、思春期の男の子には誤解を与えかねないので、特に慎重に説明した。
が、彼らの反応は、極めてクール。
こちらが気を使い過ぎたらしく、かえってバツが悪い思いをした。
それどころか、
「先生は、側室がないと、男系だけでは皇室を長く維持できないとおっしゃいますが、ヨーロッパでは、
フランスとか側室なしでも長く男系で続いた実例があるのではないですか?」
と斬り込んでくる。
「八幡和郎さんとか、そんなこと言ってるよね。でも日本とヨーロッパの君主制を取り巻く環境の違いを無視してはいけないんだ。
それはね…」とやや丁寧に解説。
すると更に、「以前は医療水準が低かったけれど、乳幼児の死亡率が低くなった現代なら4、5の宮家があれば、
確率的に男系の継承は維持できる、という意見もあるようですが?」と畳み掛ける。
男系派の主張もよく勉強してきているようだ。
しかし、単純にそちらに加担する風ではない。
あくまで私に異論をぶつけて、より掘り下げた説明を求めるという冷静な態度。
(おいおい、可愛い顔してるけど、すぐカッカする、その辺の知識人よりよっぽど大人じゃないか)
「竹田恒泰さんが過去の例を調べて、生まれた子が全員亡くならなかったとしたら、ということでそんな意見を言っている。
でも確率論には落とし穴もある。
例えば、皇室では、秋篠宮殿下がお生まれになってから悠仁殿下がお生まれになるまで、
9人続いて女性が生まれた訳だけど、これは確率的にはほとんど起こり得ないようなことなんだ。
しかし、実際にそういうことが起こってしまう。
原発事故なんかでも、そうじゃないかな。
確率論ばかり振り回すのは、危ない。
しかも、その確率論を前提にしても…」と、追加説明。
更に、いささか驚いたことに、小泉政権時の「皇室典範に関する有識者会議」のヒアリングで私が述べたことについても、
質問してくる。
一般の人にはやや難しい「姓」をめぐる質問だ。
ここまで予習してくれていると、こちらは嬉しくなってしまう。
日常的に使われる「姓」と歴史上の用語としての「姓」の違いから、順番に解説した。
この第3問の関連質問が一番多く、私も楽しく話が出来た。
最後の第4問
「女性宮家が仮に成立すれば、皇位継承が困らなくなった時、廃止されるのか?」
これも面白い質問だ。
「いや残念ながら、今後、確実に『困らなくなった』と判断できる局面は、あり得ないんだよ。
何故なら、側室がないと…」と説明した上で、
「それでも、女性宮家の対象を原則、内親王に限っておけば、皇族が際限なく増えていくことも防げる。何故なら…」
と内親王と女王の違いから説明する。
少し複雑な話でも、全員、とても興味深そうに聞いてくれた。
締め括りに、
「皇室がこれからも存続しなくていい、と考えるのなら別だけど、今後も末長く存続してほしいなら、
女性宮家はどうしても必要なんだ」
と伝える。
彼らは皇室の存続を当然視していたらしく、少し意外そうな表情を見せた後、頷いた。
あっという間の1時間だった。
ジンジャーエールの氷がすっかり溶けても、彼らはほとんど飲んでいない。
「さぁ、せっかくだから飲んでよ(勿論、私の奢り)」
彼らの表情が一気に子供っぽくなった。
ストローに口をつけてチューチューやり始める。
「こっちから少しだけ質問させてくれるかな。君たち、どうして皇室をテーマに選んだの?」答えは、
メンバーの1人が学習院初等科の出身で、皇室を比較的身近に感じていたらしい。
彼の提案に、他の3人がすんなり賛成した理由までは、聞かなかった。
取材対象は4者。
私の他は宮内庁と、今回の「皇室制度に関する有識者ヒアリング」のキーパーソン、内閣官房参与で元最高裁判所判事の園部逸夫氏、
それにジャーナリストの田原総一朗氏だという。
それぞれ、自分たちでアポを取ったらしい。
この中学生たち、侮れない。
最後に、店の人に頼んで記念撮影。
さすがに拙著『歴史で読み解く女性天皇』は読んでいないようなので、1冊プレゼントした。
「園部さんも田原さんも以前、お会いしてるので、君たちが取材する時、高森から宜しくって伝言しておいて」
それだけ頼んで別れた。
軽く知的な爽快感を覚える1時間だった。
彼らは、女性宮家をめぐる主な論点について、妙な政治的思惑や感情的な反発から離れて、
もっぱら純粋に知的な関心から質問を投げ掛け、
私の回答にも、話の筋がきちんと通っているかどうかだけを判断基準にして、
一心に耳を傾けてくれた。
学校の授業の一環だから、当然と言えば当然だが、
振り返ってみると、珍しい経験かも知れない。
研究がまとまったら、報告書を私にも送ってくれるらしい。
今から楽しみだ。
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